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「音楽家であるという事。そして梶さん」

HELLO! 
 
昨年末にリリースしたALBUM、「S FLOVER」が最高に皆に喜ばれている様だ! 
 
たくさんのメールも心から嬉しく思うよ。 
 
BESTと言うよりもセルフカバーALBUMに近いからこそ価値があったと俺は思っている。 
俺は常に「今、今、今!」リアルにこだわってきたし、昔と違い多少過去を振り返る事も増えたが、だからこそ過去と今を照らし合わせ、今の方がいい!という想いで必死になれるモチベーションを手に入れている。 
第2弾も作ってくれ!というメールが多い! 
いつかまたやれたらいいね! 
 
それと、今回俺も驚いたんだけど、ソールドアウトまでが早い早い!(笑) 
クレーム多数だったよ。 
 
考えてみたら初めて音楽やギターに憧れ歩み出した14歳。 
 
今まで音楽の旅を続けてこれた。 
 
もちろん現状には全然満足など常にしていない。 
 
でも 
 
今もまだ夢を持って、自分の産む旋律に自信と期待と希望を持てている。 
 
初めてギターを持った日、あの日の少年はただ何も出来なくて絶望から始まった。 
 
「何をどうしたら?コードって何?ソロってどうすれば?」 
 
絶望。何も出来ないじゃん!って。 
 
そして少しして、まだ40代だった親父にワンコードだけ教えてもらったんだ。 
 
「いいか慎、この形が基本だ。これを動かしてゆくだけで音が変わるんだ。薬指と小指を上下にずらせばまたそこから音が動いてゆく。そしてこの指一本抜いたり足したりで悲しげな音になるだろう?それがマイナーなんだ。それでお前の好きな曲なら大抵音はみつかるよ。」 
 
と。 
 
始まりだった。 
 
俺は今も譜面など読めないし、読める様になろうともしていない。自分の胸の中にある思いの丈が表現出来ればそれでいいからだ。様々な音楽家がいるが、俺のやり方は死ぬまでこうだ。何もかも自分で開拓してやろう!って想いだけでやってきた。 
 
今の俺の考え方や、仕事に向けての思い方、価値観、何だかどんどん親父に似てきたなと感じている。 
 
やっぱり息子なんだなと。(笑) 
 
親父は音楽を世間様に響かせ届かせる仕事をしていてバリバリな男だった。 
だから家にもほとんど帰らずに、俺は布団で寝ている親父の記憶はない。ま、家に帰らなかった理由はその他にもあったんだろうけど。(笑)それはそれはモテただろう!(笑)若かりし日の写真を見れば分かる。(笑)ありゃ群がる。(笑) 
 
幼い頃、親父に向かって「バイバイまた遊びにきてねー」と言っていたそうだ。(笑)そのぐらい俺はほったらかしだった。(笑)野放し教育。(笑) 
ま、俺はほとんど愛するばあちゃんの所にいたんだけれど。ばあちゃんは愛という愛を思い切り俺に注いでくれた。 
 
親父と普通に会話出来る様になったのは親父が会社を辞め、店を始めた頃、俺が25をこえてからだった。 
 
今思うよ。 
 
男は背中だ。なにもさ、ベタベタしなくても、たったそれだけで大切な事は教えられるんだと。子が大きくなってからこうやってボディーブローの様にジワジワ感じる事だって立派な教育なのかもなと今思う。 
 
自分が大人になるにつれ、あの頃の親父の背中を追っているのかも知れないと、ふとした瞬間に思う事がある。 
クリエイトする事に没頭し始めている今、気づかされる事もある。 
 
常々言っている。 
俺の音楽は、なにも俺が歌っている曲だけではない。この身体から溢れるものはすべてに俺の血がまんべんなく注がれ流れている、と。 
 
「俺がやりたくてやっている事って考えたら親父の後追いじゃないか?」って。(笑)遺伝子は凄いね。 
 
 
そんな親父だから普通の家庭にあるごく普通の想い出などまったくない。キャッチボールもしてくれなければドライブなんて一度もなく、親父と出掛けた事もない。 
 
俺なりのさびしさもあったであろう。 
でも幼い俺にはばあちゃんがいた。 
 
驚く事に親父との会話はすべて「メモ書き」だった。 
 
高校生になってROCKに浸かり、女の子にも浸かり(笑)悪さばかりして遊びほうけて朝酔っ払って帰ると部屋にメモが置いてある。
 
「男だから好きに生きるのはいい。でもまわりを悲しませるな。それと避妊。」(笑) 
 
爆笑!(笑) 
 
俺にとっては物凄いカリスマ性があった。 
 
ただベタベタすればいいってもんじゃないんだなって思う。 
 
こんな事もあった。 
 
17の時、バイク乗り回すわROCKギンギンやるわ、高校は謹慎処分にはなるわで大変だった。 
 
ある夜部屋で近所迷惑なのも気にせず夜中にROCKを大音量でかけて騒いでいたんだ。 
 
たまたまドアが少し開いていて両親の会話が聞こえたんだ。 
 
そしてオカンが 
 
「慎は大丈夫かしら?あんたがちゃんと家にいてくれないからどんどん不良になるのよ。」 
 
親父、何て言ったと思う? 
 
普通に 
 
「大丈夫だよ、あいつは大丈夫大丈夫」 
 
って。 
 
そしてその言葉が俺を救い続け、やがて今を作った。 
 
大丈夫大丈夫。 
 
信じてくれてる人がいる事。 
 
信じてくれてる人は裏切れない。 
 
心の奥底にそれは刻まれた。 
 
やりたい事で絶対にプロになる。 
自分の力で生きてゆく。 
 
誰に反対されても、誰に笑われてもやってゆくと決めたんだ。 
 
きっと親父は俺が聞こえてると分かっていてそんな言葉をおかんに投げかけたんだと思うよ。 
 
俺が世界一カッコイイ男と思うのは自分の親父です。 
 
ガキの頃一銭もこずかいくれた事もなければ(笑)親身に助けてくれた事もない。俺は俺の仕事を頑張るのだからお前は自分で勝手に生きろ!という価値観の人だから、甘えさせてくれた事など一度もなく。 
 
それでも俺にとっての世界一の男はこの人だって思う。 
 
俺の中のヒーローは音楽をたくさん残してきた。 
 
あれ? 
 
 
何となく 
 
やる事が似てきている。(笑)足元にも及ばんけどね、 
 
どんどん無意識に親父に近づいてる自分がいるよ。(笑) 
 
親父が歩んできた道のりのほのかな「香り」だけでも感じれたら嬉しいなと思っている自分がいる。 
 
数年前、音楽だけで生きてきた俺に、何気なく言ってくれた言葉がとても嬉しかった。 
 
「おまえは凄い。俺には信じられん。誰の援助もなく、このご時世、こんなにも長い間音楽だけでやってこれたなんて。」
 
初めて褒められたゼ。(笑) 
 
 
2017年、BLOODとしてROCKのステージも必ずやります。右耳がほとんどなっても這ってでもやります。 
 
そしていい音楽をただひたすらに皆と共有しているラグジュアリーワンマンシリーズも続けます。 
 
それとプロデュース活動。 
今年は大きな大きなとても大きなプロジェクトを俺自身が引っ張ってリリース、LIVEまでこぎつけなくてはならない。 
 
我が国の大女優でもあり、昭和の時代ヒット曲もたくさん出したとてつもなく偉大な方。 
 
梶芽衣子さん。 
 
映画「女囚さそり」や、「野良猫ロック」時代劇の「鬼平犯科帳」などで誰もが知る方。 
 
最近ではバラエティーなどにも出演しているね。 
 
実はね、まだ全然デビュー前、付き人をやらせていただいてた時期があったんだ。 
京都の小さな料亭の二階に住み込み、風呂トイレ共同。(笑)毎日芽衣子さんの撮影に同行し、真夏の炎天下のもと、何時間も日傘をさしながらうちわで扇ぐ日々。傘を持つ手が疲労でぷるぷる震えながら、いろんなスタッフに「こら!若僧、そこ邪魔だ!どけ!」などと叱られながらもたくさんの事を学んだ。毎日川を見ながらくやしくてさびしくて泣いていた。 
 
どうしても恩返しがしたかった。 
 
あんな小僧だった俺が、音楽を手にして、その大切な音楽で最高の楽曲を贈りたい。それで恩返しが出来るなんてそんな素晴らしい事はない。 
 
そして、そんな想いで作る音楽は素晴らしいに決まっている。 
 
だからこの音楽ビジネスの中で、世界で一番真っ白で純粋な楽曲が産まれるはずだと作る前から分かっていた。 
 
今回、マキシシングルの指揮をとらせてもらい作り上げました。テイチクから3.22にリリースされます。 
 
新曲を何曲も作り、聞いてもらい、気に入ってくれ実現しました。その日本一凛とした歌声と存在感を鈴木慎一郎の楽曲で世の中に精一杯捧げたいと思います。 
 
プロデュースというのもおこがましいけれど。 
 
一曲目の「凛」という曲は、多分、今までの俺の楽曲の中で今の時点で一番素敵なロックバラードです。 
そして、大ヒット曲の「怨み節」という曲は、アレンジをガラッと変えて収録しました。 
 
もう一曲は、アップテンポで意表を突く様な曲。 
 
責任感などという言葉でも軽い程の重圧の中、 
 
俺自身、たくさん学ばさせていただいています。 
 
ああ、超一流の人間ってここまで凄いのか…と。 
 
俺は10代のコ達ともここ数年たくさん関わってきたが、そんな関わってきた過去の誰よりも勢いと熱さと向上心がある方で、本物の迫力をまざまざと痛感しています。上り詰める人間のパワーというか、ここまで熱があるからこそ日本の誰もが知るスターとなって輝くんだなと心から勉強になった。 
 
物怖じしない様に俺は俺なりのプライドで、絶対の音楽を作り上げたい一心でぶつかって、良い意味で意思を闘わせながら。でもいつも冷や汗かきながら。(笑) 
 
出来上がった作品は、胸張れる最高の楽曲達となり、自分自身、自信に溢れています。 
 
各方面から早くも物凄い高評価をいただいて、物作りをする身として喜びを感じている。 
 
絶対に聞いて欲しい。 
 
魂がそこには宿っているから…。 
 
こんなに素晴らしい人生はない! 
 
happy。 
 
そう。happyである為に人は生きている。 
 
その中にたくさんのhappyじゃない事も含まれている。 
 
それでもそれを信じていれば 
 
必ず最高の景色にたどり着ける。 
 
発する音が激しかろうと優しかろうと、大切なのは絶対に負けない、走り続ける、そんな魂ひとつです。 
 
「いくぜ!いこうぜ!やったろうぜ!」 
そんなロックンロールの魂は今も脈々とこの胸に生きている。 
 
シナロケの偉大なるギタリストの鮎川誠さんが言ってた言葉を思い出した。「ごめん、もっかいよろしく」なんてないのがROCKだと。それすなわち、すべて本気。いつでもその一発に魂を。そういう事。 
 
自分は今もそんな心意気でこの音楽人生を歩めていると思う。 
 
だから暑苦しくてうっとおしいと思う奴もいるかも知れないけれど、正しさを知っているのは俺さ。馬鹿げた時代だけど夢を! 
 
今日も明日も全力でいくよ。 
 
皆。 
 
照れるけど 
 
愛してるゼ。 
 
俺の音楽は今日も君の胸で鳴っているかい? 
 
名古屋!ワンマン久しぶりなんだからこいよー!(笑) 
 
またな。 
 
鈴木慎一郎