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「梶芽衣子さんのアルバムプロデュース」

俺は今、あの大女優、
梶芽衣子さんのアルバム全10曲プロデュース制作している。
3月にリリースしたシングル「凛」に続いて。

芽衣子さんとたくさん接してきた中で、
身震いする程の音楽家としての喜びを感じている。

俺自身を信頼してくれ、作る楽曲を誰よりもいい!と言ってくれ、
すべてを信じてくれる事が音楽人として単純に嬉しい。

この間のLIVEのMCでも話したが、
梶芽衣子という国民ほとんどが知るであろう「女優」と触れ、
実はカルチャーショックを受けている。

今までたくさんのプロデュース作品を発表してきた。
たくさんのアーティストと関わってきた。

そんな中でも間違いなく断トツで「熱い」のだ。
レベルが違うというより、次元が違うのだ。

そして喜怒哀楽の振れ幅が激しいのだ。

過去関わってきた音楽関連の誰よりも向上心がある。

これに驚いた。

数々の名作、映画、
例えばあの勝新太郎さん、松方弘樹さん、菅原文太さん、
渡哲也さん、中村吉右衛門さん、
数え切れぬ程の大スターの方達と映画やドラマという
日本のエンターテイメントの時代を作り上げてきた芽衣子さんが、
今もなお燃えて熱く前を向いて最高のものを慎と作りたいんだ!
という想いで煮えたぎっているのだ。

音楽って楽しい!
と、ふとした瞬間に叫ぶのだ。

「ありがとう慎。どうせだから私の音楽の全部をあんたが持ちなさい。」
とまで言ってくれる。

それを感じる毎日は、俺にとってかけがえのない心の財産になるはず。

歌詞も俺が書き、曲も俺が書き。
コンセプトなども含めアルバムの全体像を見据えるのも
プロデューサーの俺自身なのだけれど、
それらを歌った瞬間に一気に自分のものにするその凄さは
たまらなく幸せに満ちる瞬間だ。
一瞬で梶芽衣子のものとなる。
そのまま俺の出番などなくなる。
プロデューサーとはなんなのか?それを学んでいる。

ある時ボーカルディレクションをしていて思い切り怒られた。

途中で止めるなと。
自分もたいがいハートだけを大切にするミュージシャンだ。
他のプロデューサーに比べ感情の起伏を一番に大切にするタイプだろうし、
歌を区切らない方だと思っていたが、目から鱗だった。

そう…

芽衣子さんは歌っているのではなく、
その一曲という「人生」をボーカルブースの中で命をかけて演じていたのだ。

根本から俺は間違えていたと思った。

俺はいい音楽を作る為に歌声のディレクションをしていた。
芽衣子さんはいい音楽は人生そのもの、
映画やドラマと同じく、 決められたゴールまで
徹底的に準備したものを集中して吐き出す様に魂で演じていたんだと…

歌声の収録までの間、芽衣子さんは一人何週間も歌詞を読み、
繰り返し歌い繰り返し想いを馳せていた。
その完璧なまでの準備にも舌を巻いた。
一小節歌っただけで俺にはそれが手に取る様に分かったから。

ある時、皇室も御用達という料亭に呼び出された。
歌詞やタイトルを変えたいものがある、と。

俺はどれだけ変えられるのか、ひっくり返されたら今までの作業が泡となる…
どこを主張しどこを譲るべきか。
悩んでいた。

俺の楽曲に対する感覚が芽衣子さんの感覚と全然ズレていたのか…と心配だった。

次々と今まであまり味わった事のない上質な味の料理が運ばれる。

そして芽衣子さんは言った。
どうしてもタイトルを漢字ではなくカタカナにしたい。
この曲のこの部分の歌詞の3文字を別の言葉にして欲しい。

俺は一瞬拍子抜けした。

たったそれだけ!?
それだけの為に芽衣子さんは何日も考えて俺に対して思いやりを持って
今日こうして時を過ごしているのか!?

でもすぐに分かった。

芽衣子さんの中では1文字直したいだけでもすごい事で、
それぐらいに作品を大切に考えていて、
そして制作者に対する尊敬の念があるのだと。

軽くないんだ。重いんだ。と。

きっとそんな物凄い感覚で女優としてトップに登り詰めたんだと思う。

一流は凄い。

何の世界も一流には凄さがある。

本物とは?一流とは何か?

この身、全身で今、浴びまくっている。

これだけ長くプロフェッショナルとして音楽に携わってきて、
分かった様な気になっていた自分を恥じた。

歌詞の一字一句までこだわり、
一文字直したい、
タイトルをカタカナにしたい、
ここにブリッジをつけて二番へいくフックをつけたい…

ここまで自分の想い、欲を素直にぶつけてくれたアーティストはいなかった。

ミュージシャンも俳優も女優もない。

表現する以上はすべて同じだ。

俺自身も歌う時、素の自分でもあり、その作品、その楽曲の主人公でもある。

己の欲望を吐き出すだけではアマチュアと変わらない。
産み出した直後にふつふつと煮えたぎる想いを音楽に乗せて、
それをどういう表情でどんな声でどう届けるかまで考えるのが
プロフェッショナルなんだと今一度考えるきっかけとなった。

またひとつ、俺は音楽人として大切な何かを掴んでいる。

今その最中だ。
今まさに成長しているという事を渦中にいて感じられる事。
それは若過ぎる頃には分からなかった事かも知れない。

俺は本当に幸せだと思う。

梶芽衣子

新しい10曲のアルバムは

まさにROCKです。

レーベルの社長や主要スタッフとラフミックスの視聴を兼ねた打ち合わせをした時

誰もが口を揃えて言った。

これは本当のROCKじゃないか!と。

芽衣子さんは

「そう?そうなの?これってROCKって言うの?」
なんて言っていたけど(笑)

レーベルの社長は

「いや、梶さんそのものの生き方がまずROCKですから。
そこに慎一郎楽曲とこの歌声はまさにROCKでしょう!」
と。

俺のファンにも絶対に聞いて欲しい作品だ。

歌詞もぜひ見て欲しい。

芽衣子さんの人生を俺なりに解釈し、
今きっとこう思っているだろう、今伝えたい事はきっとこれだろう…

いろいろと大切に大切に紡いだ言葉達とメロディーだから。

そしてサウンドも素晴らしい!

ミディアムなROCK、鈴木慎一郎じゃん!(笑)と皆が思ってくれている様な
アップテンポで攻撃的でサビはヒラケーゴマ! (笑)的な楽曲もあるから。

これ本当に私に歌わせるの!? って言われたぐらいだ。(笑)
でも見事、俺の策略が合って、最高に素晴らしい曲になっている。

ボサノバ調の楽曲もあるし、
ギター一本で芽衣子さんと並んで一発録りしたバラードも。

オモチャ箱みたいに飽きないアルバムになる。

余談だけど、数年前に出したミニアルバムは
あの宇崎竜童さんのプロデュース。

俺は勝手に燃えるのが好きだから。(笑)

あの宇崎さんの後を自分が引き受ける以上、超えねばならぬ!



俺の糧にしている。

本当に長い時間をかけて楽曲のひとつひとつを作った作品。

プレッシャーなどない。

プレッシャーは栄養。

逆境?

苦悩?

全部栄養だ。

なんだっていつからだって

なりたい自分になれる。

鈴木慎一郎は
少年の頃に描いた夢を
すべてひとつひとつ叶えている。

低空飛行の時もあれば絶頂の時も経験した。

いろんな絶頂がある事も知った。

今?

俺がROCKアーティストと言われるならそれでいい。
呼び名なんてどうでもいいし、どう思われてもそれは俺が決める事じゃない。
CDの売り上げ枚数がどうこう、LIVEの動員がどうこう…
そりゃいろんな時があるさ!
実力と人気、理想と現実なんていつも思い通りにはいかない。

ただひとつ言える事は、

俺は今も目指してるって事だ。

狙ってるって事だ。

ただ昔と違うのは

自分自身の欲望の為だけに!という時代は過ぎ、
自分自身の欲望の先には人々の喜びがある!

という事が分かっていられるという事。

俺が懸命に作った音楽や、歌った曲、
提供した楽曲などが名前も知らない人々が手にしてくれた時。

その人それぞれの力になるんだという事。

こんな単純な事が実は若過ぎる自分には分からなかった。

俺!俺!とにかく俺!

だったから。

今はすべて噛み締めながら

すべてに納得しながら

すべてに悔しさと夢を持たせながら

それでもまだ

いつか見てろよ!

という自分の根底にある魂が燃えている事を感じながら

音楽をしている事がたまらなくハッピーだ。

それがROCK魂ならば

俺は一流のロッカーだね。(笑)

俺の音楽をいつも聴いてくれている連中すべてに


thank you!

皆のやりたい事



叶うよ。

叶わなくても

道の途中にかけがえのない宝物に出会うから。

自信をもって何歳でも踏み出して欲しい。

その人生のすぐそこに

俺の音楽を置け。(笑)

愛してます。


鈴木慎一郎